ポータブル吸引器の有効性について -アンケートを実施して-

  キーワード:急性中耳炎 鼻汁吸引 

耳鼻咽喉科ののはなクリニック
 看護師  金子 和美
看護師  岸田 初美
看護師  興田まゆ子

1、はじめに

 近年、乳幼児の急性中耳炎の難治化、感染を繰り返す反復例が増えており、耳鼻科外来において最も大きな問題点の一つになりつつあります。当院も決して例外ではなく、小児科ではと思えるくらいの乳幼児且つ0歳児が増えており、内服だけでは治癒しにくくなっているのが現状です。そこで、外科的処置、すなわち鼓膜切開や鼓膜チューブ留置術を行ない、中耳炎のコントロールをはかるのですが、局所処置併用でもコントロールできず、悪化や鼓膜の自潰を繰り返すことも多く、親の精神的ショックは、傍にいる我々にも伝わり、落胆して帰られる姿は、辛い気持ちになります。

 中耳炎は、鼻汁すなわち鼻咽腔の細菌をいかに減らすかが、重要となってきます。うまく鼻汁をかむことのできない乳幼児の鼻汁をどうやって減らすか、そんな思いで考えられたものが【ポータブル吸引器】です。毎日、病院に来て鼻汁吸引することは、とてもできません。【ポータブル吸引器】を使用することで、自宅にいながら同じように鼻汁吸引することができ、鼻汁を減らすことができます。

 平成11年5月より、【ポータブル吸引器】を貸し出し、又は自宅用を作成していただき自宅での鼻汁吸引をすすめてきました。7年間を振り返り、鼻汁吸引することで、どこまで中耳炎の悪化を防ぎ、なおかつ、購入された患者さんがどこまで満足しているかを把握し、今後の指針を見つけ出したいと思い、アンケートを実施し、検討しました。

2、対象と方法

(1)アンケートの対象は、  H.15年〜H.17年の3年間
      H.15年  98名   年齢、性別は無関係
      H.16年  54名       
      H.17年  101名 
(2)方法
      患児の親へアンケート用紙を郵送
       (孫のために購入した祖父母に関しては祖父母へ郵送)
(3)回収率
      H.15年 60名 57.1%
      H.16年 30名 53.7%
      H.17年 60名 52.5%

3、アンケートによる分析

アンケート内容

  1. ポータブル吸引器を知った方法
  2. ポータブル吸引器の使用開始年齢
  3. ポータブル吸引器の使用回数
  4. 「鼻汁がとれるか」
  5. ポータブル吸引器の使用状況
  6. 「中耳炎がよくなったか」
  7. ポータブル吸引器の使用期間
  8. ポータブル吸引器を使用しない理由
  9. ポータブル吸引器を使用してよかったか
  10. ポータブル吸引器購入時の乳児の集団保育の有無
  11. 兄弟姉妹の有無

結果

  • 当院を受診し中耳炎に罹患している患児には、必ず鼻汁吸引の必要性を説明している。そのため、ほとんどの方が当院を受診して知ることとなる。(図1)
  • そして、使用開始年齢は0〜3歳までが多く、これは「鼻を上手にかめない」「耳痛や中耳炎に対しての訴えが少ない」乳幼児である。(図2)
  • 平成17年の当院の鼓膜切開術施行をみても3歳までの施行数が多くなっている。(表1)
  • 切開にならないためにも鼻汁吸引を自宅でも行いたいという親の思いもある。その為、鼻汁吸引の開始年齢は低年齢化している。なおかつ、ポータブル吸引器をほぼ毎日使用している人が半数以上占めていることがわかる。(図3)
  • 鼻汁吸引については各々様々であるが、ほとんどの方はよく取れるという結果である。(図4)
  • 現在72%の方が続けて使用している。年齢が進むと鼻をかむことができるようになり、同時に免疫力も高まり中耳炎の罹患率も低下し、使用しなくなるものと思われる。(図5)
  • 鼻汁吸引を行うことで中耳炎が良くなったと自覚されている方は約90%である。(図6)
  • 使用期間は3ヶ月から1年が多い。中には5年間使用している方もいる。季節的関係もあり、冬の間使用し夏にかけては使用頻度が減る。(図7)
  • 「鼻水がとまった」「中耳炎が治った」「自分で鼻をかむ様になった」という理由で使用中止したのは全体の67%を占め、「手間がかかる」「時間がない」など、吸引できない理由を除くと、実際に「効果がない」と言う理由で使用しない方は、わずか1%に過ぎない。(図8)
  • 「購入して良かったか」の質問に対しては91%の方が良かったと、答えている。(図9

4、事例紹介

【事例1】

患児 K.A 2歳 男性 同胞なし
背景 生後7ヶ月より保育園へ通園開始
初診 1歳8ヶ月  初診時両急性中耳炎 右鼓膜切開術施行
細菌検査 鼻咽腔 インフルエンザ桿菌BLNAR(+++) 肺炎球菌PRSP(+) 
鼓室内 インフルエンザ桿菌BLNAR(+)
抗生剤は、細菌検査結果と臨床経過によりアモキシシリン・クラブラン酸(オーグメンチン)からセフジトレン・ピボキシル(メイアクト)に変更
鼻汁軽減しないためポータブル吸引器を貸し出す
同月 再度右鼓膜切開術施行
細菌検査 鼻咽腔 インフルエンザ桿菌Low−BLNAR(+) 肺炎球菌PRSP(+++)
鼓室内 (―)
アモキシシリン・クラブラン酸(オーグメンチン)とアモキシシリン(ワイドシリン)併用14日間内服しおちつく
以後、冬期に3回急性中耳炎となるもその都度抗生剤内服と鼻汁吸引でおちつき現在に至る

【事例2】

患児 N. K 1歳 男性 同胞なし
背景 初診日より、保育園へ通園開始
初診 生後8ヶ月  初診時急性中耳炎 
細菌検査 鼻咽腔 ブランハメラ・カタラーシス(+) 
インフルエンザ桿菌BLNAR(+)肺炎球菌PRSP(+)
アモキシシリン(ワイドシリン)内服するも悪化
アモキシシリン・クラブラン酸(オーグメンチン)追加 10日間内服
2週間後 左鼓膜切開術施行
細菌検査 鼓室内 (―) 
アモキシシリン・クラブラン酸(オーグメンチン)とアモキシシリン(ワイドシリン)併用5日間内服
1ヶ月後 左耳悪化
細菌検査
鼻咽腔 ブランハメラ・カタラーシス(++) 肺炎球菌PRSP(++)
アモキシシリン(ワイドシリン)内服するも寛解せず
2ヶ月後 再度左鼓膜切開術施行
細菌検査 鼻咽腔 インフルエンザ桿菌BLNAR(++) 肺炎球菌PRSP(++)
鼓室内 (―)
セフジトレン・ピボキシル(メイアクト)処方18日間内服
その後セフジトレン・ピボキシル(メイアクト)にて薬疹出現
細菌検査 鼻咽腔 ブランハメラ・カタラーシス(++) 肺炎球菌PRSP(++)
血液検査 IgA29mg/dl(基準値90〜400mg/dl) IgG2 91mg/dl(基準値265〜931mg/dl) 免疫力低下も考えられた
セフェム系、ペニシリン系の抗生剤を内服できないため、今後、中耳炎がコントロールできない場合は、鼓膜チューブ留置術と説明し内服薬が難しい為、ポータブル吸引器を貸出し鼻汁吸引をすすめた。自宅用の鼻汁吸引器を購入。父親が積極的に鼻汁吸引し以後、中耳炎に罹患せず、内服薬もなく現在に至る。
 

 症例のように、ある程度の年齢になると上手に鼻をかめると思いがちだが、鼻汁の性状、粘調度等によりなかなか上手くかめない子供もいる。また集団保育というハイリスク児にもかかわらず自宅での鼻汁吸引施行によって冬場にかけて鼻汁コントロールができていた。
 年齢的にも中耳炎に罹患しにくくなったのかもしれないが、鼻汁コントロールの必要性を実感した症例であった。

 最近取り上げられている耐性肺炎球菌を保有するリスクについても、
@子供同士が長時間居合わせる
A集団保育の規模
B同じ部屋で子ども同士密な接触がある
C密な接触がある兄弟がいる       とあげられている。

 また、冬の間、感冒などのウイルス感染やこれら先行するウイルス感染に続発する二次感染として中耳炎悪化や、新しく集団保育開始に伴う中耳炎悪化による増加と考えられる。集団保育と中耳炎の関連性は以前より指摘されており、集団保育は急性呼吸器感染症や急性中耳炎のリスクファクターとなることと示されている。

 山中氏の文献によると、急性中耳炎を繰り返した小児の鼻咽腔より分離された肺炎球菌の中耳炎エピソードごとの変化をパルスフィード電気泳動法( PFGE法)により、遺伝子多形性を検討した結果では、約75%の症例において急性中耳炎のエピソードごとに鼻咽腔から分離される肺炎球菌株が異なっている。また、急性中耳炎の兄弟例の約90%で同一の菌株であったと報告されている。

5、考察

  ポータブル吸引器の使用は、乳幼児期の早い頃から毎日行うことで、鼻をかめない子どもたちは鼻汁がとれすっきりし、鼻をかめる様になっても粘稠で出てこない場合、わざわざ受診しなくても家庭で吸引可能で、しかも手軽で有効的な手段となり、中耳炎の難治化を防ぐキーワードの一つに上げられる。

 また、兄弟姉妹がいる患児や集団保育をうけている患児が急性中耳炎のハイリスク児が多いという結果から、兄弟姉妹に鼻汁がある場合は患児と同じように鼻汁吸引をすすめることが中耳炎悪化を防ぐ重要な要因である。

 当院での昨年1年間の鼓室内と鼻咽腔において同一菌があるか調べてみると、肺炎球菌においてはPRSPまで耐性化している菌は少ないが、インフルエンザ菌、肺炎球菌ともに中等度耐性に変化している。

 時代の流れにより、女性の社会進出に伴い子ども達の集団保育率も高くなっている。中耳炎の発症に関するリスクファクターをみても生後1歳までに15〜50%、生後2歳までに22〜74%、さらに生後3歳までに50〜71%の小児が少なくとも1回は罹患すると言われている。

その外的因子として 内的因子として
@保育所生活 @低年齢
A狭い住居での生活 A免疫異常
B短期間の授乳 B遺伝的素因
C両親の喫煙 C急性中耳炎の既往
D添い寝の授乳 D耳管機能不全
  Eアデノイド増殖症
  F慢性副鼻腔炎
  Gアトピー素因

  と言われている。

 それぞれの要因をみると、我々が行うことができることは、「中耳炎の発生要因を少しでも除去する」すなわち「鼻汁のコントロール」と思われる。

 中耳炎をいかにコントロールするか、それには、鼻汁をどうやって減らすかが重要なキーワードの一つとなりうるため、当院で中耳炎と診断された場合、中耳炎のメカニズムおよび鼻汁吸引の必要性の説明を行っている。
最近では、他院でも、ポータブル吸引器による鼻汁吸引を行っている様であるが平成11年当初は、元々「ズルズル」など口で吸引する器具の使用を勧めていたが、院長とスタッフが福井市にあるT耳鼻咽喉科視察の際、手製の鼻汁吸引器を知り、積極的な鼻汁吸引の必要性を感じ、医療器械会社へ製作を依頼した。

 来院して初めて中耳炎を指摘され気付くことが多く、親にとっても中耳炎が鼻汁と関与していることさえ知らないため、パンフレットを作成し患者指導を行なってきた。少しずつの積み重ねではあるが、鼻汁吸引の必要性を感じ、母親同士の情報交換により吸引器を知り、わざわざ遠方より受診される方もいる。「購入のみ希望」という場合もあるが、当院では、あくまでも中耳炎のコントロールを図るため、鼻汁吸引の必要性を説明し、ポータブル吸引器の使用を勧め、希望される方のみ購入されている。

6、おわりに

 今まで延べ793人の方がポータブル吸引器を購入されました。
(H.17年12月現在)

 これは中耳炎との関連性、鼻汁吸引の必要性を説明し続けた証ともいえます。当院でも、母親の社会進出に伴い中耳炎のハイリスク児が増え、肺炎球菌、インフルエンザ菌の耐性化により、連日鼓膜切開術や切開後の耳漏吸引で子ども達の泣き声が響いています。しかし、受け身の姿勢ではなくともに中耳炎を治していこうと、自宅でできる鼻汁吸引を積極的に行う親が増えているのも事実です。なかなか治癒せず受診回数が増えてくると、私達もわが子のように思えてきます。だからこそ治ってほしいと強く思います。現在掃除機の進化のため、サイクロン方式は吸引できない、吸引口が合わない等問題点も出てきています。しかし、より質の高い医療を提供できる様問題点や不都合な点を解決し、日々の診療に役立てたいと思います。

 最後になりましたが、多忙の中アンケートにご協力戴いた253名の皆様、そして研究に際しましてご指導いただきました兼定院長へ深く感謝致します。

引用文献

山中昇 保冨宗城著 小児中耳炎のマネジメント 医薬ジャーナル

参考文献

田久浩志 岩本晋著 看護研究なんかこわくない 第2版 医学書院
工藤典代 障害児の副鼻腔炎の治療 JOHNS’Vol11
No.10 1995
入間田美保子・遠藤広子ら 乳幼児鼻副鼻腔炎に対する簡易鼻洗浄療法の有効性 日鼻誌38(2)230〜234 1999

 


ポータブル吸引器の使用方法

  • 自分で鼻汁がかめない小児に対して、家庭で掃除機を用いてできる簡易吸引器です。
  • 病院の貸出用もありますが、空ビンを持参していただくと自宅用として作成することもできます。

使用方法

  1. 自宅の掃除機のホースの接続部分をはずし、吸引用のゴム栓を差し込みます。
  2. 掃除機のスイッチをONにします。(強弱がある場合は弱にして)
  3. ガラス管の先をお子さんの鼻に入れ吸引してください。(ビンの中に鼻汁が溜まります)
  4. 使用後は、ビンのフタを開きホースとビンをよく流水で洗い流し、乾燥させましょう。
    (自宅にミルトンがあれば、より効果的に消毒できます)
    • 点鼻をしたり、入浴後吸引すると吸引効果が上ります。
    • 空ビンを持参していただく場合、コーヒーやクリープのフタをまわして開けるビンが良いです。

 


表1 平成17年鼓膜切開施行術件数


図1 ポータブル吸引器を知った方法
(図1)


図2ポータブル吸引器の使用開始年齢
(図2)


図3 ポータブル吸引器の使用回数
(図3)


図4「鼻水がとれるか」の質問に対して
(図4)


図5 ポータブル吸引器の使用状況
(図5)


図6「中耳炎がよくなったか」の質問に対して
(図6)


図7ポータブル吸引器の使用期間
(図7)


図8ポータブル吸引器を使用しない理由
(図8)


図9ポータブル吸引器を使用してよかったか
(図9)


図10ポータブル吸引器購入時の患児の集団保育の有無
(図10)


図11兄弟姉妹の有無
(図11)